食料危機)日本農業新聞 記事

 

[論説]食料危機への備え 生産基盤の強化を急げ


 政府は、食料危機に政府一体で対応するため新法の検討を加速させている。主要穀物の不作や輸入途絶だけでなく、肥料などの生産資材や種子の供給停滞、物流混乱なども想定する必要がある。有事に対応するには平時からの備えこそ重要。国内の生産基盤強化へ全力を挙げるべきだ。

 世界人口の増加や気候変動、感染症の流行、国際紛争など食料を巡るリスクは高まり、日本の食料供給はますます不安定になっている。

 食料を巡る有事への対応を巡り、農水省は「緊急事態食料安全保障指針」を定めている。だが、これはあくまで同省が策定したもので、いざというときに関係省庁と連携して迅速に対応できるか、心もとない。現行制度では、増産指示などの具体的措置は1970年代の石油危機を受けて制定された国民生活安定緊急措置法などの個別法に基づいて行うことになっているが、発動基準が明確でなく実効性が疑問視されている。

 このため、同省は来年の通常国会で、食料危機の時に政府一体で対応できる体制を整える新法の制定を目指している。米と小麦、大豆、植物油脂原料、畜産物、砂糖の6品目を対象に、具体的な対応を詰め、危機の段階に応じた措置の発動基準を明確化する方針だ。

 ただ、増産や生産転換の指示など強制力を伴う措置は慎重に判断する必要がある。農家や国民に具体的な措置の内容と必要性を丁寧に説明し、理解を得ることが欠かせない。作物を一度変更すれば、元の生産体制に戻すのは容易ではない。その間の農家への補償を含めて、しっかりと詰めておく必要がある。

 食料備蓄の在り方も議論になっている。同省は現在100万トン程度としている政府備蓄米の水準について、財政負担の重さから、水準引き下げを示唆している。だが、米は唯一、自給可能な主食であり、国民の命を支えるためにも現行水準は堅持すべきだ。

 政府は6月に決めた政策指針「食料・農業・農村政策の新たな展開方向」で、「平時からの国民一人一人の食料安全保障の確立」を掲げた。不測時に最低限の供給熱量を確保するといった狭義の食料安全保障にとどまらず、平時からの対応を重視する考えだ。

 しかし、足元では生産資材の価格高騰が農業経営を直撃している。国産の農産物の多くは、生産コストの上昇に見合う価格にはなっていない。政府は適正な価格形成の仕組みづくりを進めるが、議論は難航し、次期通常国会への関連法案提出は見送る方向だ。

 有事法制だけで食料安全保障は成り立たない。平時に農家が経営を続けられる環境を整備することこそが急務だ。