インフレ)UK フードバンク 利用者が増えている。お金を稼ぐより、畑が必要です

今は「働く人々でさえ飢えている」英国のリアル「生活費危機」の恐るべき貧困化インパク

フードバンクで食品などの供給を受ける人々(写真:Mary Turner/The New York Times

ロンドンで保育士をしているエイスリン・コーリーは、2人の息子から買う余裕のないおやつをねだられると、床にブランケットを敷いて「ピクニック・ゲーム」をする。勤め先の保育園のフードバンクで手に入れたオレンジやリンゴを3分の1にスライスして分け合うのだ。

「ある種のアクティビティにしているんです。なので、子どもたちはママが苦しんでいることは知りません」とコーリーは言う。

夕食が「パスタだけのパスタ」になることも多く、子どもたちの食べ物を確保するために自分の食事を完全に抜くときもある。

「生活苦」の兆候が至るところに

食料品の価格や暖房費がここ何カ月と記録的な高騰を見せる中、イギリスでは生活苦の兆候が至る所で見られるようになっている。BBCはオンラインで、1ポンド(約160円)以下でできるレシピを何十種類と公開。暖房の温度を下げた学校も少なくなく、多くの地域が「ウォーム・スペース」を開設するようになっている。寒い家に住む人々のために暖を提供する公共のスペースだ。

だが、世界で最も豊かな国のひとつであるイギリスの「生活費危機」の中でもとりわけ衝撃的な事実は、働いているのに子どもを食べさせるのに苦労する人々が増えていることだ。

中には、フードバンクに初めて足を踏み入れる人たちもいる。

イングランド中部のダービーでフードバンクを運営する教会牧師のヴィッキー・ロングボーンは「働いている人たちがフードバンクにやって来るというのは、恐るべき状況だ」と話す。

最も厳しい状況に置かれている労働者世帯にしてみれば、今回の危機はかなり以前から始まっていた。

イギリスでは雇用が増加し、失業世帯は減っているにもかかわらず、仕事を見つけた人々の多くがまともな生活を送れずにいる。そうした中で物価上昇率は41年ぶりの水準となり、賃上げも追いついていないことから、こうした人々の生活は一段と不安定なものになっている。

10年にわたる保守党政権の緊縮財政によって、勤労者世帯を含む多くの低所得者世帯に対する給付金も削られてきた。2016年以降、多くの職種で世界トップクラスの最低賃金を設定してきたイギリスでは、その恩恵に預かった低所得者も少なくない。とはいえ、十分な労働時間を確保できない人も多く、低所得者層の所得の伸びは、ドイツやフランスといったほかの西側諸国よりも鈍いものとなっている。

「過去10年があまりにもひどかったせいで、状況はなおさら厳しいものになっている」と、生活水準問題に焦点を当てる独立調査機関、レゾリューション財団のエコノミスト、グレッグ・スウェイツは語る。

そして昨年10月には、消費者物価指数が前年同月比で11.1%上昇。中でもエネルギーと食料品の値上がりが大きく、収入の多くを必需品の購入に充てざるをえない低所得者層はとりわけ厳しい打撃を受けている。物価上昇率は12月に入って多少鈍化したとはいえ、それでも前年同月比で10%以上も上がっている。

フルタイムで公共の仕事をする人たちまで…

子どもの貧困に関する年間数値など、重要統計の中にはまだ最新の数値が公表されていないものもあるが、働く親を含む多くの労働者が深刻な圧力にさらされているのは明らかだ。子どもが家で腹をすかせていることを示す証拠も増えている。

フードバンクに頼る勤労者世帯の割合はまだ少ないとはいえ、フードバンク利用者に占める勤労者世帯の割合は今では無視できない水準だ。イギリス各地で食料配給所を運営し、2022年上半期に30万人以上の新規利用者を記録したトラッセル・トラストによると、2022年半ばの利用者の5人に1人は仕事をしている人がいる家庭の人たちだったという。

ロンドンのハックニー・フード・バンクは昨年12月、647人の子どもたちに食事を提供したが、これは前年の330人の倍近い人数だ。学校によっては、福祉制度に基づく受給資格者だけでなく、すべての生徒に無料の食事を提供するようになったところもある。ロンドンの貧困地区にある、ある学校の校長は、朝食として学校が正門で配っている無料のトーストに頼る子どもや親が増えてきたと話す。

「救急隊員や教師がフードバンクに行くのを見かける」

ロンドン全域の団体に余剰食品を提供しているフェリックス・プロジェクトは最近、供給先として支援する183の慈善団体の半数から、公共部門でフルタイムの仕事をしている人たちまでもが初めてサービスを利用する状況になっているとの報告を受けた。

「救急隊員や教師がフードバンクに行くのを見かける」。ロンドン東部のフードバンクで働くキングスリー・フレドリックは、忙しいシフトの終わりにそう言った。「このことは地域社会や国について、何を物語っているのか?」。

イギリスの研究機関、ジョセフ・ラウントリー財団の分析によると、ロンドンの低所得者層は家賃の引き上げ圧力も重なり、生活費危機の中で最もきつい影響にさらされている。とはいえ、この危機は首都ロンドンにとどまらず、スコットランドイングランド北部にも厳しい打撃が広がっている。

そうした中で、与党・保守党の議員の中には、フードバンクの需要は本当のニーズを表していないと主張する者もいる。リー・アンダーソンはその1人で、フードバンクを利用する人々は「まともに料理ができず、ゼロから食事をつくれず、家計の予算を管理できない」ことが本当の「課題」だと述べた。

労働・年金省の広報担当者は、政府は国民の家庭が苦しい状況にあることを認識しており、生活費危機の渦中にいる人々の支払いを支援するため、少し前に何十億ポンドもの資金を投入したと話した。

レゾリューション財団は最近の報告書で、政府がこうした施策の中で低所得世帯を優先したのは理にかなっていると述べた。ただ、この報告書のためにユーガブが行った調査によると、過去1カ月間に空腹でありながら、お金が足りなかったために食事を抜いたと回答した人の割合は11%に上り、パンデミック前の5%から大きく上昇している。

政府は、パンデミックのピーク時に子どもの貧困が減少したと説明しているが、専門家によると、これはパンデミック関連の政府給付によるものとみられる。だが、その政府給付はすでに終了してしまった。

昼食時の学校に広がる悲しい光景

ロンドンの最も貧しい地域で10校を運営する学校グループのCEO、クリスタラ・ジャミルは、生活費危機の影響を毎日のように目の当たりにしていると話す。昼食として1袋のビスケットしか持ってこられなくなった子どももいるという(親たちは、そのビスケットを学校のフードバンクから手に入れている)。補助教員の間でさえ、フードバンクの利用が始まっているそうだ。

学校給食の慈善団体、シェフズ・イン・スクールズは、子どもがクラスメートから食べ物を盗んで家に持ち帰ったり、昼食に何も持ってこられなかった子どもが運動場に隠れたりしていることがあるといった報告を教師から受けている。

イングランドでは3分の1以上の子どもが無償で学校給食を受けていると政府は言う。イングランドでは学校教育の最初の3年間は全生徒が無償給食の対象となる。しかし低所得世帯の、それより上の学年の子どもについては、親の所得が支援対象となる上限(大抵は年間7400ポンド=約120万円)を上回り、支援からはじかれているケースが多いと慈善団体は主張する。

子どもによっては、学校給食が1日の中で唯一頼ることのできる、栄養のある食事になっているのが最近の状況だと、教師や慈善団体は話している。

(執筆:Emma Bubola記者)
(C)2023 The New York Times 

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