ホルムズ海峡封鎖により、石油危機以外に食料危機も迫っている。日本は大丈夫なのか。東京大学特任教授・名誉教授の鈴木宣弘さんは「食料調達と食料生産において、かつてない危機に直面している。にもかかわらず政府の動きは鈍い。日本で“飢饉”が現実のものとなりかねない」という――。

日本は「令和飢饉」一歩手前

日本はいまホルムズ海峡の封鎖という重大な危機に直面している。石油輸入が途絶すれば、経済活動が停止するだけでなく、食料の生産もストップする。

原油・ナフサの供給不足は農業にとって致命的な問題である。

燃料がなければ農業機械を動かせない。できた野菜を産地から消費地まで運ぶにも燃料が必要だ。ハウス栽培の暖房もできなくなるし、ナフサがなくなればハウス用のビニールや土を覆うマルチフィルムさえ手に入らない。

日本各地ではすでにさまざまな生産資材の受注停止・供給制限が生じていると聞く。生産コストの高騰どころか、資材が手に入らず、食料をつくれない事態になりかねないという危険な状況だ。しかし、国は「一部に供給の偏りはあるが、国全体では量は十分足りている」と能天気だ。

日本には十分な食料の備蓄がない。米の備蓄は昨年の放出で大きく減っている。この状況で海外からの食料輸入が止まり、国内の食料生産もストップするとなると、「令和飢饉」を覚悟しなければならないだろう。

原油高で「穀物価格暴騰」のカラクリ

原油の供給不安が起きると、穀物価格が高騰することが知られている。原油が不足すると代替品として穀物由来のバイオ燃料(コーン・エタノール、大豆・ディーゼル)の需要が押し上げられる。とうもろこしや大豆がバイオ燃料の生成に振り向けられるので、価格が高騰してしまうわけだ。

しかも肥料価格は2020年比で2倍近くもの暴騰を見せているとされる。

化学肥料の原料となるリン、カリウムの100%、尿素の96%を輸入に依存しているが、ホルムズ海峡の封鎖で海運に乱れが生じたり、運賃が暴騰した場合、これらの輸入にも影響が生じる。

天然ガスの供給も危機に直面しているが、肥料の原料となる「窒素」は天然ガスから作られる。中東はその天然ガス由来の窒素の世界シェア4割を占めていおり、窒素の価格が高騰している。

日本は窒素の輸入先をマレーシアに切り替えていたが、中東情勢で窒素価格が高騰したことでマレーシアをはじめとするアジア産窒素も5割高になるという「玉突き」的な影響も出ている。

そんな中、中国は肥料の輸出規制を強化し始めている。高くて買えないどころか、今後の国内農家への肥料供給の見通しも不透明になってきている。

ちなみに、アメリカも中東から大量のアンモニアや尿素を輸入しており、肥料不足に直面している。食料輸出国であるアメリカで小麦、大豆、トウモロコシなどの生産が減少した場合、世界の穀物価格が高騰するだけでなく、アメリカからの輸入も困難になる懸念がある。そうなれば、日本のようにアメリカ産穀物への依存が大きい国は打撃を受ける。

危機の認識が欠如している

食料調達と食料生産におけるこれほどの危機に直面しながら、どう対処するかという議論がほとんど聞こえてこないのは、いったいどういうことだろうか。

ホルムズ海峡の封鎖が、日本国民に飢餓の可能性を突きつけているという認識が欠如していないだろうか。

筆者は、20年以上前から食料危機への備えを訴えてきたが、今回のホルムズ海峡の封鎖で日本人の飢餓のリスクは一段と深刻化したと考えている。

日本の食料自給率は38%だが、先述の通り化学肥料の原料はほぼ100%輸入に依存しているし、野菜などの種についても約90%が海外からの輸入依存だ。

こうした要素を計算に入れた「最悪の想定」では、日本の実質的な食料自給率は約9.2%しかない。

しかも、この計算すら実はまだ甘いものだ。

日本のエネルギー自給率は約10%少々しかない。先述の通り燃料がなければ農業生産は止まる。このことを計算に入れると、日本の食料自給率はさらに下がる。実質数パーセントしかないと見ていいだろう。

実質的な減反強化が進む

今、国会で、危機認識が完全に欠如した「食糧法」改正が行われようとしている。

今回の改定の柱は大きく分けて三つある。第一に「需要に応じた生産」、第二に需給見通しを精緻化するための「流通実態の把握強化」、第三に「米の国家備蓄を減らし、民間に任せる部分を増やす」という点だ。

まず「需要に応じた生産」とは何か。筆者の理解では、これは実質的な減反強化である。表向きは「生産調整」という文言を消し、あたかも減反をやめたかのように見せているが、国が需要見通しを出し、それに応じた生産(つまり減反)を自治体や農協を通じて促す仕組みを明記している。

今も「再生協議会」のような仕組みがあり、国からの「生産の目安」が個々の農家まで配分されているが、それを引き続き機能させ、ある意味では強化する内容になっている。

結局は「生産を減らせ」

政府は「需要は伸ばす。その伸ばした需要に合わせて生産するのだ」と言っている。しかし、現実には1人当たりの主食用米の消費量は減っている。そうなると、需要に合わせろというのは、結局、生産を減らせという話になるわけだ。

需要が減る中、価格を維持しようと農家が生産を絞れば、さらに減産することになり、結局は農家の首を絞めることにもなりかねない。

しかも、農産物の価格が高くなると、その分、海外からの輸入が拡大する。

実際、「米騒動」が起きた昨年には米の輸入が約95倍にも増えた。

つまり、この方式では仮に価格を維持できたとしても、国産の市場がどんどん狭まっていくわけだ。

もし輸入が途絶したら、国民は米さえ食べられなくなってしまう。今やるべきことと逆行した政策ではないだろうか。

 

米の国家備蓄を減らそうとしている

しかし、これは本質を隠すための言い訳だろう。

本当の狙いは「農業予算削減のために米の国家備蓄を減らす」ことにあると考えられる。

財政当局は米騒動の前から、備蓄米の保管にお金をかけるのはもったいないので、国家備蓄を減らして民間備蓄にしろ、と言い続けていた。

25年11月、財政審は「政府備蓄米の保管には年403億円の財政負担が発生しているが、流通段階にある民間在庫を『民間備蓄』として活用した場合、16億円で賄える」と提言している。

今回の食糧法改定はこれに基づく動きであろう。

しかし、食料危機が迫っているいまやるべき政策ではない。

米備蓄は「あと15日分」

昨年の米騒動でも明らかになったように、米備蓄はむしろ少なすぎる。

日本の米備蓄は100万トンと決まっているが、昨年の米騒動で備蓄米を放出したため、現在は約30万トンまで減少している。これは日本の米消費量の約15日分でしかない。放出した備蓄米を最大15万トン買い戻すという報道もあったが、焼け石に水でしかない。

この状況でホルムズ海峡が封鎖され、原油・肥料の輸入が止まり、国内の米生産は打撃を受けているわけだ。

これは危機的状況であり、この状況が続けば、日本人は本当に飢えかねない。

それなのに、政府には、「米の国家備蓄に金をかけるのはもったいないから民間備蓄を増やす」という考えしかない。

国民の命を守るという視点がなく、ただただ農業予算を削りたいという発想で頭がいっぱいになっている。増やすべき米備蓄をむしろ減らそうとしているのは、危機的状況に逆行する愚策と言うほかない。

国による「セルフ兵糧攻め」

こんな政策を続ければ、政府の愚策により国民が飢える結果になりかねない。それでは「セルフ兵糧攻め」だ。

今必要なのは、農家にもっと作ってもらい、備蓄も増やし、国産を増やして輸入を減らす政策だ。米の生産量に余裕があれば、小麦やトウモロコシの輸入が止まった場合に需要を代替することもできる。

中国は約1.5年分を備蓄している。一方、日本の米備蓄100万トンは国内消費量の1.5カ月分に過ぎない。もし日本で1年分の米を備蓄するには、あと700万トンは備蓄しなければならないのだ。そのコストは「もったいない」のではなく、いざという時に命を守る安全保障・国防のコストだ。アメリカから在庫処分のような武器を大量に買うのに巨額を使うくらいなら、まずこうしたところにきちんとお金をかけるべきである。それこそが本当の国防だろう。

一人ひとりがやるしかない

政府が何もしないなら、国民一人ひとりがやれることをやるしかない。この状況を変えられるとしたら、それは農家だけでなく、国民一人ひとりの行動であろう。

一人ひとりが、自分でも野菜を育てたり、流通を担ったりすることで、国の応援がなくとも、食料生産を増やしていくことができるはずだ。

これを私は佐伯康人さんの言葉をお借りして「飢えるか、植えるか」運動と呼んでいる。

こうした運動は一人では心もとないが、草の根レベルからひろがっていけば、大きな動きとなるだろう。小谷あゆみさんにならい「ローカル自給圏」と呼んでいるが、そうした動きが続々と起こっている。

筆者の講演会に参加したのを契機に、地元の市民グループが決起して、耕作放棄地を再生する活動をはじめた、といったお話をたくさん伺っている。希望の芽は確実に広がっている。

いざというときに、シェルターに隠れながらも食べるものがなくて餓死する、といった状況はあってはならない。「令和飢饉」を食い止めるために、いまこそ一人ひとりの覚悟が求められると言えるだろう。